シャーバン月とベラートの夜


聖なる3か月の中間の月はシャーバン月です。

「シャーバン」とは、まき散らすといった意味です。

アナス・ビン・マーリクの表現によるなら、ラマダーン月に敬意を示すため、多くの善がまかれ、配られるためにシャーバンと名付けられました。

シャーバン月では、善と恵みの潮流はより強さを増していきます。そして、預言者ムハンマド様(彼の上に祝福と平安あれ)はシャーバン月で一層多くの崇拝行為を行われました。断食のタハジュドの礼拝(夜の任意の礼拝)もより多く行われました。

シャーバン月は預言者ムハンマド様(彼の上に祝福と平安あれ)の言葉を借りるなら、人々が不注意に十分留意せずに過ごしてしまう月です。なぜこれほど断食をするのかと尋ねられた時には、この月には行為がアッラーへと高められ、ご自身の行為が断食を伴うものとしてアッラーに高められることを望んでいるのだと答えられました。ラマダーン月に次いで最も尊い断食が、シャーバン月にされる断食であることもハディース(預言者様の言語録)で伝えられています。

☆ベラートの夜☆

シャーバン月は、そのちょうど真ん中(第15日目)にあるこ夜によってさらなる深みに達するのです。預言者様(彼の上に祝福と平安あれ)の言葉で、ドゥアーが拒まれることのない時間として挙げられているこの夜は、「ベラートの夜」とよばれます。ベラートとは、「人が重荷から救われること、責任がなくなること」といった意味です。ベラートの夜は、しもべが罪から救われ、清められるチャンスを与える夜なのです。この夜のことを神聖な夜、慈悲の夜、宣言の夜とも呼びます。

この夜、アッラーはその慈悲と共に天空に顕れ、「懺悔する者はいないか、彼を許そう。糧を求める者はいなか。彼に糧を与えよう。苦しみを取り除いてほしいと願う者はいないか。その苦しみを取り除こう」と暁まで問いかけられるのです。

また、この夜には、人の来年までの運命が記されます。そして、この夜には、全ての報奨が3万倍となり、50年の崇拝行為をしたこととなります。

このような時の一端にあって、人は十分に自らを省みるべきです。罪を悔悟によって洗い流し、アッラーの深い恵みに庇護を求めるのです。シャーバン月は預言者ムハンマド様(彼の上に祝福と平安あれ)の月であり、この月には他の月よりも多くの祝福祈願(サラワート)を行うこともまた重要です。ラジャブ月に始まった慈悲の雨は、シャーバン月でも続きます。そしてその場所をラマダーン月に譲るのです。


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