子供に見える場所で礼拝とドゥアを行う

 

 

 

 

 

 

 

家の中にはお祈りと礼拝専用に設けられた場所と時間帯があった方がよい。また、一日5回の礼拝は家でジャマーア(一緒に)として行うか、子供をモスクに連れて行くことをお勧めする。特に母親が生理中で礼拝が出来ない時にモスクに連れて行くことは重要であろう。母親が時には礼拝していないのを見た子供の“礼拝やお祈りをしなくても大丈夫だ”というように誤解するかもしれない。特にそんな時に礼拝の重要性を理解してもらう上で役立つ。それをこのようにして乗り越えることも可能である:“母親は生理の時にウドゥーしてサッジャーダ(礼拝用の小さい絨毯)に座ってお祈り(ドゥア)をする。このようにしてお母さんは礼拝をしてるかのようにサワーブ(報奨)をもらい、子供にとっては礼拝をしない母親の姿を見せないで済む。”フィクフ(イスラム教学)の本にはこのような解決策が載っている。しつけのためにこれは重要である。これで子供は家の中で礼拝やお祈りをしない親の姿を一度も見ないことになる。子供は逆にいつも家庭内ではお祈りや礼拝に対して真剣な親を見ることになる。子供に女性は特別な時に礼拝を休むことを説明できる年齢まで時々一緒にモスクに行くのも重要なのである。

 

 ある日アザーン(モスクから流れる礼拝への呼びかけ)を聞いた時まるで目覚し時計のように“お母さん礼拝の時間だ、お父さん礼拝の時間だ”と立場が変わって今度は子供の方から親に覚えさせてくれるようになる。

 

これ以外に一日の中でお祈りをする特別な時間を作る必要がある。前もって決めていたその時間にアッラーの前で自分の心を開き、悩みをアッラーに打ち明けて、そんな自分を子供にも見せるのも重要なのである。アッラーに祈るとき声を少し出した方がよかろう。預言者も声を出してドゥアをしていたのをサハーバ(預言者と同じ時代を生きた友人たち)が聞いてたくさんのドゥアを預言者から学んだ。

 

親として周りに聞こえる程度の声を子供に教えるつもりでドゥアする。もし、子供に感情的なアッラーの名を聞いたときに震えるような人になってほしければまずはあなた自身からそんな人になることからである。

                  

この歳になっても忘れられないような光景がある。祖母とアッラーとの繋がりの光景が私にとっては非常に印象的であった。祖母が亡くなったときにはまだ子供だったが、父がイスラームやアッラーについて語り始めると或いはクルアーンを読み始めると祖母がすぐに震え始めていた。祖母の前で心から“アッラー”と声を出せば顔色が落ちて一日くらいその状態が続くのであった。そんな祖母が私にとって非常に印象的であった。祖母は学校にも行っていなくて多くの知識もなかったが、心から涙を流しながらドゥアする祖母の姿が今でも頭から離れない。イマームの元で学んだとしても、祖母のその姿から学んだほどには誰からも学ばなかった。自分の中のイスラームは祖母と親の心からの態度のお陰だと思う。

 

家庭内で親が取る態度は非常に重要なのである。決まった時間にアッラーの前で正座し声を出してドゥアするのが子供にとって非常に重要なのである。我々にとって最も重要なものの一つであるあの世を考えて涙を流しているのを見ると、子供は一生その光景を忘れられない。実は我々はアッラーの前でまるで目に見えているかのように行動をとらなくてはいけない。礼拝の時もまるでアッラーと一対一で会っているかのように行わなくてはならない。預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)のハディースの中に“私とアッラーの間のある時があって、その時はマラーイカ(天使たち)も他のだれも私に近づかない。”我々もアッラーとのそういう時間を設けて、それを見た子供は時がくるとその光景を自分の信仰の材料として使うのである。成長して大人になってもこれらの光景が子供を助けるのであろう。