芸術から見るイスラーム

 

 

世界的に有名で一般的にもよく知られている芸術作品の多くは、宗教芸術である場合があります。たとえばキリスト教で見ればミケランジェロの『最後の審判』や、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』。仏教で見れば日本でも数多く見られる仏像や仏画、玉虫厨子などに代表される工芸品などが上げられます。そのほかにも、世界中のさまざまな宗教において、宗教と芸術はとても近い存在であるともいえます。なぜなら、宗教はその宗教を信じる人にとって最も大切で神聖なものであり、尊敬・敬意を表すものであり、宗教によってはその作り上げたものが祈りの対象物であったりします。そのため、“神聖だからこそ最大限に美しくきれいでなければならない”という人間の心理が働き、芸術分野として発展してきたとも言えるでしょう。
 同様に、イスラーム世界においても芸術は発展してきました。では、どのような芸術がイスラーム社会にはあるのでしょうか。そしてそれはイスラームにおいてどの様な意味合いをもたらしているのでしょうか。今回は一般的にイスラーム社会で触れることのできる幾つかのジャンルをご紹介しながら、皆様にお伝えできればと思います。

 

書道

 

イスラーム芸術を説明するに当たり、書道(アラビア語カリグラフィー)をまずご紹介したいと思います。世界中の全てのムスリムにとって、書道はイスラーム芸術の中で最も身近であり、親しまれているといってもよいでしょう。なぜならば、ムスリムにとって一番大切であり神聖である、クルアーンに記されている文字であるからです。

クルアーンは、イスラーム教徒にとっての聖典であり、唯一神アッラーから、

預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安がありますように)を通して、

私たち人間に啓示された言葉を書き記したものです。

また、クルアーンは世界中どの国のムスリムにとっても同じ文字、

アラビア文字であり、どの時代を通じても同じ文字・言葉・発音で読まれ、

啓示されたときから一文字の変更もなく現在まで伝えられているものでも

あります。
 このように、イスラーム社会においてクルアーンは神聖であるため、

様々な装飾、書体が発展してきました。また、イスラームでは偶像崇拝を禁止しているため、人物などで優雅さや美しさを表現することができません。そのため、人々は書道における書体でアッラーの偉大さ、優雅さ、美しさを表現しようとしました。その結果様々な書体が編み出され、現在のアラビア語書道の形が出来上がりました。
 また、アッラーの言葉を美しく書き記す書道家は、皆から敬意を示される存在でもありました。
(写真:書道とアラベスク)

 

 

アラベスク(Tezhip・幾何学模様)

 

イスラーム圏の国に旅行された方は現地のモスクに行かれたことがあるかと思います。そこには人物画や人物像などはなく、モスクの中にある装飾のほとんどが、三角や四角などを組み合わせた幾何学模様であるか、植物などのモチーフをパターン化し、反復して模様化しているアラベスクであったかと思います。また、アラベスクはイスラームにとって大切な祈りの場であるモスクの装飾だけではなく、聖典クルアーンの装飾やアラビア語書道の装飾にも使われています。これは、書道でかかれたクルアーンや、クルアーンの一部を記した装飾用の書道をより美しくするための目的として描かれています。
 アラベスクの特徴として、パターン化された模様が永遠に続くというものがあります。これはムスリムにとって、永遠の世界である天国を思わせるものであり、人間の普遍的な欲求である永遠性を示すものでもあるといえるでしょう。また、もうひとつの特徴として、三角や四角などを組み合わせてパターン化したものがありますが、これはイスラーム文化が発達していくに当たり、科学や天文学、数学が発展していった賜物であるともいえます。

 

 

エブル(マーブリング)

 

主に現在のトルコにおいて残っているイスラーム芸術の一つにエブルがあげられます。エブルはオスマン帝国時代に花が咲いたイスラーム芸術の一つで、主にクルアーンの裏表紙や書道の装飾としてや、上流階級の家の装飾や贈答品用の用紙としても使われていました。
 エブルの発祥の地は定かではありませんが、アジア大陸の中国あたりだろうといわれています。その後、13世紀に中央アジア、14世紀にはイランにてエブルが描かれていたという記録が残っています。その後、14世紀中ごろにイスラーム社会へと伝わったとされています。また、アジアから西に伝わったものがエブルとなり、逆にアジアから東の方、つまり日本に伝わったものが、私たちにとっても馴染みのある墨流しとなりました。また、17世紀ごろにはオスマン帝国を旅していたヨーロッパ人により、ヨーロッパにエブルがマーブリングペーパーとして紹介され、現在日本でも知られているマーブリングとなりました。
 現代のトルコでは、古典エブルと現代エブルの二種類に分類することができますが、今回はオスマン帝国時代に発展した古典エブルについて詳しく見て行きたいと思います。
 古典エブルの特徴としましては、以前の書道とアラベスク同様、

人物は描かれません。主に植物やHATIP EBRU(ハティプエブル)に

見られるような抽象的な模様、またはBATTAL EBRU(バッタルエブル)

のような一般的にマーブリングといわれるような模様を描いています。

当時、これらもやはり、神聖なクルアーンやその章句をきれいに美しく

飾るといった目的で描かれていました。当時のイスラーム社会において、

多くのモスクにはマドラサと呼ばれる学校や集会場、病院、宿泊施設

などが併設されており、書道などのイスラーム芸術も主にそのマドラサで

学ぶことができたため、必然的にそれぞれの芸術が共存し影響しあっていました。
(写真:エブルと書道)

 

まとめ

 

このように、イスラーム社会においての芸術とは、アッラーの言葉を記すという目的から始まりました。そして、建築様式やアラベスクにも見て取れるように、イスラームの6信5行の一つでもある祈り、礼拝をする場所であるモスクの装飾においても発展してきました。
また、イスラームにおいて全てを創造できるお方は、唯一アッラーのみであり、私たち人間はアッラーの創造されたこの世の中に存在する全てのものよりも美しいものは表現できないという考えがあります。したがって、イスラーム芸術においては何かを新しく創造するという観念や目的ではなく、アッラーの創造されたこの美しい世界をどう表現するか、その美しい創造物の裏に隠されたアッラーの力、隠された秘密やメッセージを読み取ろうとするものであり、その結果、科学や天文学、数学などが発達し、アラベスクなどに見られる美しさの元へと繋がりました。
加えて、イスラームでは偶像崇拝、人物を描くことを嫌忌しているため、書道などにおける芸術を通してアッラーの美名や、偉大さ、創造物の美しさなどを表現しようとしてきました。
しかしどんなに人間が努力してもアッラーの創造されたこの世の全てのものよりも美しいものはできず、そこで私たちはアッラーの偉大さと完璧さを知り、アッラーの僕であるということを再確認するのです。