誤解されるイスラーム

 

イスラームにおける戦争・平和・テロ・ジハード

周知のことかと思いますが、イスラームの定義をもう一度申しあげれば、イスラームは字義的には「平和」を意味し、聖典クルアーンによって体系化された平和な暮らしを人々に約束するアッラーの宗教です。聖典クルアーンは、全人類に道しるべとして下されたアッラーの言葉であり、人類に普遍的な道徳を教える書物なのです。この美徳を、これから「クルアーンの道徳」と呼ぶことにします。クルアーンのこうした性格を示す章句のいくつかを、例として下記に挙げることにしたいと思います。
《あなたがた信仰する者よ、心を込めてイスラーム(平安の境)に入れ。悪魔の歩みを追ってはならない。本当に悪魔は、あなたがたにとって公然の敵である。》(第2章「雌牛」208節)
クルアーンの道徳によれば、ムスリムは、相手がムスリムであれ非ムスリムであれ、全ての人間に対して公平な振る舞いをしなければなりません。また、弱者を保護し、暴力、混乱、破壊などを防ぐために努力すべきなのです。暴力、混乱、破壊といったものは、社会の治安や平和を損なうある種のテロです。このような行動をクルアーンは強く禁じています。
《かれらは背を向けるやいなや、地上に悪を広めることにつとめ、収穫物(しゅうかくぶつ)や家蓄を荒しまわる。だがアッラーは邪悪(じゃあく)を愛されない。》(第2章「雌牛」205節)
また別の章句では、次のように述べられています。
《…地上で悪を働いたという理由もなく人を殺す者は、全人類を殺したのと同じである。人の生命を救う者は、全人類の生命を救ったのと同じである(と定めた)…》(第5章「食卓」32節)
《…正当な理由がない限り、アッラーが禁じられた殺生(せっしょう)を犯すことなく、また姦婬(かんいん)しない者である。だが凡そ(およそ)そんなことをする者は、懲罰(ちょうばつ)される。(第25章「識別」68節)
《他人に悪を行い、また度を越した復讐(ふくしゅう)を企て地上を騒(さわ)がす者たち、かれらに対する(アッラーの)罰は痛(いた)ましい懲罰(ちょうばつ)があるだけである。》(第42章「相談」42節)
上に述べたクルアーンの章句から、次のようなことが言えます。
罪のない人々を標的とするテロは、クルアーンの道徳の正反対の行為です。ムスリムは、テロを犯すどころか、逆にテロを防ぎ、人類に平和をもたらすことを義務付けられています。イスラームとテロは相容れないのです。ムスリムは、来世においてアッラーの御前で裁かれると信じているので、アッラーが禁じることを、それがイスラームの命令であるかのよう実行するはずがありません。
また、ムスリムは、《寛容を守り、道理にかなったことを勧め、無知の者から遠ざかれ》(第7章「高壁」199節)と命じられているので、復讐するよりその権利を放棄して赦すことが基本なのです。


1.イスラームにおける戦争

1.1.戦争は最後の選択
クルアーンの道徳によれば、戦争はやむを得ない場合にのみ行われるものです。ムスリムは、自発的に戦争を始める側にはならないのです。このことについてクルアーンは、次のように述べています。
《…かれらが戦火(せんか)を燃やす度(たび)に、アッラーはそれを消される。またかれらは、地上において害悪(がいあく)をしようと努める。だがアッラーは、害悪を行なう者を御愛(おめ)でになられない。》(第5章「食卓」64節)
《だがかれらが(戦いを)止めたならば、本当にアッラーは、寛容にして慈悲深くあられる。》(第2章「雌牛」192節)
要するに、ムスリムが戦争する場合には、自分から戦争をしかけることはあり得ず、敵の攻撃に対する自己防衛でしか戦争ができないのです。このようにして、やむを得ず戦争状態に入っても、平和や停戦のチャンスを探し、相手が平和を望む様子を見せたら、必ず戦争を停止して、講和しなければなりません。
クルアーンの道徳の実践ともいえる預言者ムハンマドの行い(いわゆる「スンナ」)を見れば、預言者が行った戦争にも同様な特徴があることが分かります。
預言者ムハンマドの預言者として生涯は、マッカからマディーナへの移住を転機(てんき)として、二つの時期に分けることができます。前半の13年間はマッカ時代、後半の10年間はマディーナ時代と呼ばれています。マッカ時代は、ムスリムたちにとって、少数派として様々な弾圧と迫害があった非常につらい時期でした。ムスリムたちの中には、この時代に受けた拷問の傷に死ぬまで苦しんだ者もいれば、迫害によって死んだムスリムも少なからずいたのです。しかし、ムハンマドとその教友たちは、迫害を受けながらもマッカの支配者たちに、抵抗(ていこう)もせず13年間に亙り布教を続けてきたのです。
マッカの支配者の弾圧(だんあつ)と迫害が激しさを増してから、アッラーはムスリムたちにマッカからマディーナなどの他の地域への移住を許可しました。これは、ヒジュラと呼ばれ、最初のイスラーム国家成立の契機となった非常に重要な出来事です。ちなみに、ヒジュラの起きた西暦622年は、後にイスラーム暦(れき)の元年となりました。

話を戻しますと、イスラーム史上最初の戦争はマディーナ時代に起こりました。この戦争は、マディーナに移住したムスリムがマッカに残してきた財産を、メッカ勢力が奪い取り、キャラバン隊を組織して別の所で売り払おうとした時に起こりました。つまり、財産を奪ったマッカ勢力と自分たちの財産を取り戻そうとしたムスリム勢力の間の戦いだったのです。この戦争を許可したのは、聖クルアーン次の章句です。
《戦いをし向ける者に対し(戦闘が)許される。それはかれらが悪を行うためである。アッラーは、かれら(信者)を力強く援助なされる。(かれらは)只(ただ)「わたしたちの主はアッラーです。」と言っただけで正当な理由もなく、その家から追われた者たちである。》(第22章「巡礼」39-40節)
要するに、アッラーが預言者ムハンマドと彼の信奉者たちに戦争の許可を与えた背景には、このような弾圧と迫害があったのです。
また、クルアーンの次の章句は、自己防衛以外の目的で暴力を行使しないようにムスリムに忠告しています。
《あなたがたに戦いを挑む(いどむ)者があれば、アッラーの道のために戦え。だが侵略的であってはならない。本当にアッラーは、侵略者を愛されない。》(第2章「雌牛」190節)
さらに、預言者ムハンマドの戦争や遠征の記録を見ると、戦場の兵士以外の一般市民の生命と権利が保証されていたことが分かります。預言者ムハンマドは、戦争が始まる前に、ムスリム兵士たちに次のように言ったと伝えられています。
「預言者ムハンマドの宗教のために戦いなさい。しかし、高齢者、少年や女性等に手を触れてはいけない。」(Ramuz El Ehadis, Vol 1, 84/8)。
また、預言者ムハンマドは、ムスリム兵士たちが、戦争中どのように振る舞うべきかについて次のように説明しています。
「子供を殺してはならない。教会に籠(こ)もって礼拝に専念している聖職者たちを殺してはならない。また、女性やお年寄りを殺してはならない。戦場の樹木を燃やしてはならない。住宅に放火してはならない」

1.2.ジハード=聖戦
ジハードは、「努力」を意味するアラビア語ですが、イスラームでは「アッラーのために戦うこと」という意味です。ジハードというと、いわゆる「聖戦」を連想しがちなのですが、実は、預言者ムハンマドは、ジハードを大ジハードと小ジハードの2つに分けています。これを戦う相手で分類すれば、戦場での敵と戦う場合が小ジハード、自分自身が敵である場合が大ジハードということになりますし、戦いの性質で分類すれば、前者を「物質的戦い」、後者を「精神的戦い」と考えることもできます。

 

1.2.1.小ジハード(物質的戦い)
小ジハードは、一般に戦場での戦いと定義されています。しかし、イスラーム学者たちは、小ジハードを戦争だけに限定せず、「アッラーのために努力して何かをする、或いは、しないこと」と公式化しています。ジハードの範囲は、アッラーのために話すこと、或いは、沈黙すること、また、アッラーのためにある場所から離れること、或いは、近づくこと、また、アッラーのために誰かに微笑むこと、或いは、不機嫌な顔をすること、というように広範囲にわたります。要するに、肯定的であれ否定的であれムスリムのあらゆる行動が、アッラーのために行われる限り、ジハードとみなされるのです。

 

1.2.2.大ジハード(精神的戦い)
このジハードは、自分自身の欲望や悪を命じる魂、悪魔などとの戦いです。イスラームの霊魂論によれば、人間の魂は悪に傾きがちです。修行を積んでいけば、魂はまず自分を批判するようになり、そしてさらに修行を続けると次第に善に傾き、最後には善を命じるようになると説明されています。そして、また心の外側にも人間を迷わす悪魔がいます。悪魔は、人が死ぬまで側にいて、いつも悪への誘いを耳元でささやき、人間を悪の道に誘うと考えられています。大ジハードというのは、心の内にある我欲や悪魔との戦いです。

 

1.3.戦争で殺すことより殺されることが好ましい
ジハードでは、相手の命を奪って勝利を得るより、敵によって殺されること、つまり殉教者になることの方が望ましいのです。このことについてクルアーンとハディースから引用します。
 《本当にアッラーは、信者たちからその生命と財産を贖(あがな)われた。かれらのため(の代償)は、楽園である。かれらはアッラーの道のために戦い、殺し、また殺される。それは律法と福音とクルアーンとを通じて、かれが結ばれる真実な約束である。誰がアッラー以上に、約束に忠実であろうか。だからあなたがたが結んだ契約を喜べ。それこそは至上(しじょう)の幸福(こうふく)の成就(じょうじゅ)である。》(聖クルアーン第9章「悔悟」111節)
《もしも、できることであれば、アッラーのために、繰り返し殺されたり復活されたりしたかった。》(ハディース)

 

1.4.自殺は禁じられている
しかし、ここで一つ申し上げなければならないのは、イスラームでは殺すことより殺されることが良いと言っても、決して自殺が認められているわけではありません。実際、クルアーンによれば、自殺と他殺の間に本質的な違いはありません。両方とも、アッラーから与えられた命を奪うことですから、強く禁じられています。
《…またあなたがた自身を、殺し(たり害し)てはならない。》(第4章「婦人」29節)
いわゆる自爆攻撃のように、自分自身と共に数多くの罪の無い人々の命を奪うことは、クルアーンの章句から見れば、イスラームと矛盾しています。従って、アッラーを信仰し、クルアーンを生活の規範とした人が、自殺したり、他人を殺したりすることはあり得ません。

 

1.5.戦争の5つの理由
イスラーム法学者は、いかなる形であれ、次の5つを守るため以外の目的で自己や他者に危害を加えることは不法行為であるとみなしています。その5つとは、生命、理性、財産、家族、宗教です。人は、この5つのものが危機にさらされた時にのみ、戦いの権利を得るわけです。この戦いにおいて、命を落せば殉教者になるわけですが、それ以外の理由で戦うことはできません。つまり、イスラームにおいて復讐することは許されていません。また、誰かを憎むことは、戦いの理由にはならないのです。このことについて、クルアーンの章句は次のように述べます。
《あなたがた信仰する者よ、アッラーのために堅固(けんご)に立つ者として、正義に基いた証人であれ。人びとを憎悪(ぞうお)するあまり、あなたがたは(仲間にも敵にも)正義に反してはならない。正義を行いなさい。それは最も篤信(とくしん)に近いのである。アッラーを畏れなさい。アッラーはあなたがたの行うことを熟知(じゅくち)なされる。》(第5章「食卓」8節)
イスラームでは、上に述べた5つのものの安全が保証される限り、戦争を開始してはいけません。
《アッラーは、宗教上のことであなたがたに戦いを仕掛けたりせず、またあなたがたを家から追放しなかった者たちに親切を尽し、公正に待遇(たいぐう)することを禁じられない。本当にアッラーは公正な者を御好(おこの)みになられる。》(第60章「諮問される女」8節)
さらに、戦争中でも、敵が和平を望めば、自分達の勝利が間近であっても、戦闘を止めなければなりません。
《だがかれらがもし和平に傾いたならば、あなたもそれに傾き、アッラーを信頼しなさい。本当にアッラーは全聴にして全知であられる。》(第8章「戦利品」61節)

 

2.イスラームとテロ

最近、この2つの言葉が関連付けて発言されるようになっていますが、先に引用したクルアーンの章句からもわかるように、イスラームとテロは根本から異なる概念です。
テロとは、非軍事的な標的を狙う政治的な目標をもった暴力のことであると定義できます。換言すれば、テロのターゲットは、全く罪のない一般民であります。
無罪の人を殺すという意味でのテロは、イスラームの道徳に反する行為です。ムスリムは、テロを行うどころか、テロを防ぎ、治安と平和を守ることを義務付けられているのです。
さらに、テロを特定の宗教に関連付けることも適切ではありません。すなわち、キリスト教のテロ、ユダヤ教のテロ、仏教のテロという言い方があり得ないのと同様に、イスラームのテロという言い方も間違っています。なぜならば、世界宗教の全てが、基本的に殺人を禁止しているからです。
誰かが宗教を口実にし、その宗教の中のある象徴や概念を利用してテロを行ったとすれば、その人は、もはやムスリム、キリスト教徒あるいは仏教徒でない事に疑念の余地はありません。実は、その人は、ただのテロリストであり、いずれの宗教にも属していないのです。
従って、今日の社会を脅かす大問題となったテロの起源は、特定の宗教ではなく、寧ろ無宗教において求めるべきなのです。

次に、イスラームにテロはあり得ないということを示す幾つかの点について述べることにしたいと思います。

 

2.1.イスラームにおける「ハック」の概念
イスラームには、「ハック」という固有の概念があります。日本語で言えば、おおよそ「権利」に対応するものです。しかし、イスラームの場合、この「権利」を主張する機会は、現世での法廷だけではなく、アッラーの前で行われる来世での裁判(最後の審判)にもあります。例えば、現世の法廷に訴えることができない動物も「権利」を持っていて、最後の審判では動物虐待をした人に対してその権利を主張することができると考えます。アッラーは基本的に全ての罪を許すことが可能ですが、アッラー以外の「権利」の場合、その解決は、被害者と加害者の両者に委(ゆだ)ねられています。
つまり、誰かの「権利」を侵害した人を許すのは、アッラーではなく、「権利」を侵害された被害者であるというのです。人間には数多くの権利がありますが、最も重要なのはやはり「生命」です。地上において安全に生きることは、人間誰もが普遍的に持っている権利です。テロは、生命という最も重要な権利を奪うものですから、テロリストはたとえ現世における罰を逃れても、最後の審判で直接被害者と対面させられるのです。しかし、加害者はお金も財産もない来世で、どうやって生命を償うものを見つけることができるでしょうか。もちろんそんなことはできません。被害者が許さない限り、加害者には地獄しか行くところがないのです。
以上の理由から、真のムスリムが、一方で、権利や最後の審判といったイスラームの諸概念を信じながら、他方において、イスラームを口実に、罪のない人を殺すはずがないということが分かります。

2.2.イスラーム史からの視点
ここで、非ムスリムである欧米人学者の言葉も引用しながら、イスラームの寛容さと他宗教との対話を重視する特徴について述べますが、その前に、このことについてクルアーンではどのように述べられているか見てみましょう。
やはり、クルアーンにも異教に対して寛容であるように命じる数多くの章句があります。幾つか例を挙げてみたいと思います。
《善と悪とは同じではない。(人が悪をしかけても)一層(いっそう)の善行(ぜんこう)で悪を追い払え。そうすれば、互いの間に敵意(てきい)ある者でも、親しい友のようになる。》(41章「フッスィラ」34節)
《順境(じゅんきょう)においてもまた逆境(ぎゃっきょう)にあっても、(主の贈物を施しに)使う者、怒りを押えて人びとを寛容する者、本当にアッラーは、善い行いをなす者を愛でられる。》(3章「イムラーン家」134節)
《しかしかれらはこの約束を破ったので、われは見限(みかぎ)って、かれらの心を頑 (かたく)なにした。かれらは(啓典の中の)字句(じく)の位置を変え、与えられた訓戒(くんかい)の一部分を忘れてしまった。それでかれらの中の少数の者以外は、いつも契約を破棄(はき)し、裏切りに出るであろう。だがかれらを許して見逃しなさい。本当にアッラーは善い行いをする者を御好みになられる。》(5章「食卓」13節)
《あなたがたは、かれらがアッラーを差し置(さしお)いて祈っているものを謗(そし)ってはならない。無知のために、乱(みだ)りにアッラーを謗(そし)らせないためである。》(6章「家畜」108節)
クルアーンには、異教に対する寛容を命じるこのような章句がまだありますが、これだけの例で十分として、少しその実践について見てみたいと思います。つまり、イスラーム社会とイスラームの歴史において、そういった例はあるかどうかを議論したいと思います。

2.2.1.イスラームの寛容
ムスリムは、領土とした東南アジアからインドそして西アジア、アフリカ大陸のほぼ全域と東ヨーロッパとスペインまでの広い地域で、寛容さを体現していたことを歴史家たちが指摘しています。これらの諸地域をみると、未だに様々な民族、言語や宗教などが共存しており、そのことだけをみても、ムスリムたちの寛大さの証拠として十分です。
例えば、オスマン・トルコ帝国が13世紀から20世紀初頭まで6世紀に渡り支配したアフリカ・アジア・ヨーロッパの領土には、現在、23の国家が存在しています。これらの諸国の中には、イラン、エジプト、イラクのようなムスリム人口が多い国々もあれば、ギリシャ、ロシア、ブルガリア、ハンガリーのようなキリスト教徒が多い国々もありますが、未だに様々な宗教と言葉が存在することは、オスマン・トルコ帝国の寛容さを示す生きた証拠です。

これは、単にオスマン・トルコだけに限ったことではなく、ほかのイスラーム国家でも同様でした。例えば、19世紀半ばぐらいに滅亡したインド最後のイスラーム帝国であるムガール帝国について、長年研究を続けたイギリス人の宣教師(せんきょうし)トーマス・アルノードは、ムガール帝国のムスリムたちの寛容さを次のように認めています。

『ムガール帝国のムスリムが異教徒にイスラームへの入信を強制したとか、キリスト教徒を滅亡させるために弾圧したりしたと主張することは誰にもできません。もし、イスラームの支配者であるカリフが、そのようなことを命じたとすれば、ファーディナンドがスペインのムスリムをスペインから追い出したように、そしてまた、イギリスが350年間ユダヤ教徒を英国に入国させなかったように、ムスリムもキリスト教徒をインドから追い出すことができたはずです』


2.2.2.ユダヤ教徒に対するオスマン帝国の支援
イスラームについて流布しているもう1つの誤解が、ムスリムはユダヤ人を嫌悪しているという考えです。現在、イスラエルとパレスチナの間で起こっている紛争のため、特にアラブのイスラーム社会にユダヤ人に対する否定的なイメージがあることは、確かに否定できません。しかし、イスラームの歴史を見れば、その逆の例を発見することができます。中でも、オスマン・トルコ帝国の歴史には興味深い例があります。
1492年に、スペインにおける最後のイスラーム国家が滅亡すると、そこで平和に暮らしていたユダヤ人はスペインから追放されました。そして、この時にユダヤ人に救いの手を差し伸べたのは、非常に敬虔(けいけん)なムスリムとして知られたオスマン・トルコ帝国のカリフであるベヤジート二世でした。トルコでは今でも25万人のユダヤ人が自由に暮らしていますが、彼らは当時救い出されたユダヤ人の子孫たちなのです。

2.2.3.テロの原因とその対策
ここまで「宗教のテロ」、特に「イスラームのテロ」という言い方が、いかに間違っているかを検討してきました。しかし、世界のあちらこちらで、ムスリムを名乗って、あるいはムスリムと呼ばれる人々によって実行されるテロが存在する現実も否定できません。では、テロがイスラームから生じるものではないとすれば、その原因は一体何でしょうか。そして、テロが社会的な問題であるとすれば、その解決のための対策は取れないのでしょうか。以下にテロの3つの原因と3つの対策を指摘したいと思います。

テロの原因
テロの原因は、3つあります。一つは正しい宗教的知識の欠如です。今日の世界の多くの人々が宗教的知識を持っています。しかし、それはただ外面的な知識だけであって、正しい教えを深く理解している人は少ないのです。宗教がもたらす美徳や麗(うるわ)しさを知らない人たちは、暴力を犯しやすのです。

もう一つは、「必要性」ということに対する誤解です。つまり、テロリストたちは、そのような行動が「必要」であり、それ以外に選択肢はないと思いこんでいるのです。1つ例を挙げれば、ごく最近おこったチェチェン人による劇場占拠事件があります。テロリストたちの中に、家族の全てを失った女性たちがいました。彼女たちの一人は、「私は何もかも失いました。ここで死んでも構いません。これしか方法はありません。」と言っていました。私は、彼女が教えられたこの「必要性」が間違っていると思います。つまり、何もかも失ったとしても、他の人の命を脅かすことが唯一の選択肢ではないのです。

3番目の原因は、軋轢と分裂です。テロが起こる地域を見れば、そこには、社会的、経済的、政治的な様々な軋轢があるのが分かります。例えば、イスラエルとパレスチナの問題だとか、イギリスの北アイランドで起きる問題は、これが原因だと言うことができます。

テロの対策
次にその対策方法について述べたいと思います。テロの対策も3つです。
 
その一つは、美術と芸術です。存在を美学の観点からみる人は、全世界における神様の創造という大作品、中でも傑作とも言える人間の存在をみいだすはずです。大世界を神様の作品としてみると、例えば世界における2つの対立するものの融合という芸を、つまり夜と昼の融合を把握する人は、人生における良いことと悪いことの融合もできるようになり、「今日は悪い日でしたね、でも、夜の後に昼がくるように、明日はきっと良い日になりますよ」と考え人生に絶望しません。それによって自殺したり他殺したりはしません。また、人間を神様の傑作としてみる限り、人間を殺したりすることはできません。
 
もう一つは、学問と叡智です。学問を愛するものは、必然的にその対象となる存在も愛します。
 
最後は、統一です。つまり、上にのべたテロの3番目の原因である摩擦に反するものです。テロが起こっている諸地域において、ある共通する点において、諸民族や諸宗教信者を、何かの下で統一すれば、摩擦が無くなります。例えば、最大の共通点は人間であることです。そして同じ言葉を話すこと、同じものを信じることなどが共通点として数えることができます。このような諸民族が共有するものにおいて統一が実現すれば、テロは無くなるのではないかと思います。


3.まとめ
ここで、結論の代わりに、この発表の結果として次のようなことをまとめることができます。
1.イスラームにおいては、大戦争と小戦争という2種類の戦争があって、広く考えられるように、大戦争は戦場での戦いではなくむしろ自分の欲望との戦いであります。戦場での戦いは、小戦争とみなされ、やむを得ずという場合にのみ認められていて、自己防衛以外は肯定されていません。

2.テロリストはムスリムにはなりません。同様に、ムスリムもテロリストにはなりません。

3.テロは宗教から発生するものではなく、むしろ社会的な問題です。その原因は、無知無学、必要性、摩擦です。その対策は、芸術、学問、叡智、統一です。

中東地域もしくはムスリムが多く済む地域でテロ事件が発生すると、「イスラーム過激派による犯行」などといった表現で、イスラームとテロをつなげて語られるのは残念なことです。そもそもイスラームに「穏健派」と「過激派」があるのか、メディアが安易に乱用するこうした表現で受け手側である一般市民が知らず知らずのうちに一定のイメージを刷り込まれ、それが真実であるかのように理解されてしまう様には、イスラームの一端を勉強した者から見ると、実に不勉強でイスラームを冒とくするものであり、罪作りであるように思えます。もちろん「イスラーム」の名の下に勝手な解釈を行い、世界のあちこちで到底許されない暴力、犯罪を犯しているムスリム自身の罪は言うまでもありません。しかし大多数の一般ムスリムは、そうした行いに同じムスリムとして傷つき、イスラームが間違った方向で知られていくことに無念を感じています。大切なのは、「イスラーム」そのものとテロ行為を犯す人々やテロ行為が起きた状況をきちんと区別し、同一視しないことです。