信仰告白(シャハーダ)

信仰告白は、「アッラーの外に神なし、ムハンマドはアッラーの使徒なり(アラビア語では、La Ilaha Illallah Muhammadun Rasulullah ラーイラーハ・イッラッラー・ムハンマドゥン・ラスールッラー)」という文句を唱えることです。これが二人の立会人の前で告白されると、その人の信仰が社会的にも認知されることになります。改宗者は、イスラーム共同体の一員になり、ムスリムとしての権利が保障されることになります。

イスラーム神学者たちによれば、信仰告白をすれば、それ以前の全ての悪行や過ち等が許されます。また、信仰告白する以前の善行も無駄になることはなく、何らかの形で報奨を授かることになるとされています。



 

礼拝(アラビア語でサラート)は、ムスリムにとってもっとも基本的かつ重要な義務のひとつです。人は礼拝を通じて、全能の主であるアッラーに向かい、その偉大さを称賛し、自らの無力さを認め、様々な恵みに対する感謝を捧げることができます。そして礼拝をする人には大きな報奨が与えられます。

義務の礼拝は一日に五回、すなわち、夜明け前、正午すぎ、午後、日没、そして夜に行われます。礼拝は集団で行うのが望ましいのですが、一日5回の礼拝は、皆一人一人でも、清潔でさえあればどんな場所でもできます。ただし毎週金曜日の正午の金曜礼拝と年に二回ある祝祭の礼拝は、集団で行わなければなりません。これらとは別に、任意の礼拝を好きなだけ捧げることもできます。また礼拝の動作や回数、唱える言葉に関しては、預言者ムハンマド(彼に祝福と平安あれ)が示された模範に基づいた決められた形式に則ることが必要となります。クルアーンにおいて次のような章句があります。
「あなたに啓示された啓典を読誦し、礼拝の務めを守れ。本当に礼拝は(人を)醜行と悪事から遠ざける。なお、もっとも大事なことは、

アッラーを唱念(ズィクル)することである。アッラーはあなた方の行うことを知っておられる」(クルアーン第29章45節)
礼拝によって人はアッラーに近付き、アッラーとのつながりを強めるほか、日常の小さな罪から清められ、精神的にも安らぎを得ることができます。

ですから礼拝はイスラームの柱であるとされており、ムスリムとしてその人生に定着させることが不可欠となってくるのです。



 

断食(斎戒:サウム)

イスラームの崇拝行為:五行

 

イスラームの崇拝行為のうち、もっとも大切とされる5つの行いを詳しくご紹介します。

礼拝(サラート)

健康な成人男女のムスリムは、イスラーム暦の第九月にあたるラマダーン月、夜明け前から日没までの時間帯に断食(サウム)を行うことを命じられています。ラマダーン月の断食というと、一ヶ月間飲まず食わずと誤解されてしまうことがありますが、実際は一日の昼間だけ、つまり日の出から日没までの時間帯だけで、夜間は断食しません。日没から日の出までの時間は、自由に食べたり飲んだりするこができます。

ザカート(喜捨)

イスラームの崇拝行為は、精神的な世界だけに限りません。経済的に余裕のある人々には、物質的な義務も課せられます。成人した、精神に障害のない、一定以上の財力のあるムスリムには、特定の資産に対して一定の割合を、貧困者に支払うよう命じられています。国に対して納められる税金と違って、アッラーの命令に従うために行われる宗教行為であるこの喜捨は、アラビア語で「ザカート」と呼ばれます。


 

巡礼(ハッジ)

一生に一度の義務「ハッジ(大巡礼)」

イスラームで巡礼と言えばそれはサウジアラビアのマッカへの巡礼であり、中でもイスラーム暦(ヒジュラ暦)第12月の決まった時期に行われる大巡礼「ハッジ」はムスリムの義務です。ただし、それを実行する体力や財産を持つといった資格に合致する者にとって義務となるのであり、要件を満たさない人には義務とはなりません。