生きがいが見いだせない

 

忙しい現代社会では、自分にとっての生きがいが何なのかはっきりせず、漫然とした不安を抱えたこている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ここでは、ムスリム(イスラーム教徒)が「生きがい」について、どのように考え、生きる意味をどこに見出しているのかを考えてみることとします。

 

「生きがい」とは生きていくにあたっての喜びや張り合いといった意味で、具体的にはその人の状況や性格などによって違いがあります。ただ、多くの場合、人生における目標や夢、あるいは、職場や家庭で自分が役に立っている、必要とされているという実感が生きがいとして挙げられます。困難な状況になったときでも、このような生きがいを持っていれば、それを乗り越える助けとなってくれることでしょう。
しかし、自分にとっての生きがいが何なのかはっきり分からないという方もいます。あるいは、毎日仕事や家事をこなすことに追われ、いつの間にか生きがいのことなど考えなくなってしまった人も多いかもしれません。また、生きがいを持っていたとしても、「燃え尽き症候群」として知られているように、夢や目標を達成したり、家族や職を失ってしまったりすることで生きがいがなくなり、大きな虚脱感に襲われることも知られています。

 

では、ムスリムにとっての「生きがい」とは何なのでしょうか。あるいは、生きる意味をどのようなところに見出しているのでしょうか。
 

イスラームでは、現世ははかない一瞬の夢のようなものであり、一方で来世は永遠であることを知らせています。また、現世での行いによって、来世での処遇が異なってくることも伝えています。したがって、生きがい、言い換えれば、現世における人生の目標を考えた場合、自然に来世を見据えたものとなってきます。つまり、まずは「この世で多くの善行を積んで来世でより良く過ごせるようになること」が大きな目標として土台のように存在し、その上で、現世ではどう生きていったらよいのかを、小さな目標である「生きがい」として組み立ててみることになるのです。

 

社会で貢献することも、家族に奉仕することも、イスラームにおける善行の一つですので、これらを生きがいと考えるのも適切なことです。しかし、これらは、あくまで土台の上に立てられた小さな目標でしかないので、仮にそれが叶わなくても、失ってしまっても、途中で変わってしまっても、土台が揺れ動くことにはならないため、絶望しきってしまわずに済むことになります。逆に、その土台がしっかりとしていなければ、現世の生きがいだけが全てであるような感覚になり、それを見つけられなくて焦ったり、失ったときに不安定になったりすることになります。

 

イスラームでは、善行となるさまざまな事柄を知らせています。同時に、義務や推奨される事柄、避けられるべき事柄、禁止事項などを具体的に示しており、その規範に従って生きていけば、結果的に善行が積まれ、天国へと近づくことになっているのです。つまり、イスラームは人が天国へと近づくにあたっての指針であり、システムであるということが言えるかもしれません。

 

現代社会では、現世での成功に目がいきがちで、人はそのためにいろいろな道を模索します。確かに、ただ無為に時を過ごすのではなく、目標をもって生きることは現世にとっても来世にとっても役に立つことであり、必要なことでしょう。けれども、本当に重要なのは永遠に続く来世であるということをふまえて、生きがいに縛られすぎないバランス感覚を保ちながら、今をより善く生きていくことこそが大切なのではないでしょうか。

 

 

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