親として子供への責任

 

 

 

 

 

 

1-しつけの基準を作ること

子供を完璧に育てるためにしつけの基準をきちんと決める必要がある。子供は育った環境や時代によって考え方が形を取り、ある意味その時代の子供になる。子供にとって最初の環境は家庭である。その次は学校と学校の次はその友達である。最後に子供が日常的に出入りする店などのことも環境として考えられる。もし、子供が適切な環境を与えられなかったらどこかで変なウイルスに感染する恐れも否定できない。基礎がきちんと出来ていても環境がきちんとしていないと子供がその環境によって悪影響を受けかねない。なので、親として家庭のみならず子供に適切な環境を与える責任がある。

 

2-ハラーム(神に禁じられていることや食べ物:ハラールの反対)を与えない

子供に母体から生まれる前からハラールの物以外与えてはならない。絶対に忘れてはならないのは親として油断してしまったらその反響を子供に見ることが多いということである。もちろん、子供にもその母親にもきちんと働いて汗流して稼いだお金でご飯を食べさせる責任はまずその家の父親にある。

 

3-悪い視線から子供を守る

生まれてから子供の食事や育てる環境に気を遣うのと同じで子供を悪い視線からも守るべきである。イスラームの道徳と照らし合わせて、きれいな考え方を持たない人たち(宗教は関係ない)に会わせるのも、例え言葉が話せない年齢だとしても子供に悪影響を与える。これらは親として果たすべき責任で個々人として十分注意を払えば社会全体が良くなっていく。

 

4-最初の言葉

ハディース(預言者のお言葉)では“子供が最初に言う言葉は‘ラーイラーハイッラッラー(アッラーが唯一なる神である)’となるべき。”*と仰っている。

子供がまだ2,3歳の頃に自然に口から出る最初の言葉は両親を指す“ママ、パパ”であるが、それを“アッラー”にするべきである。なぜなら、アッラーが最初でも最後でも永遠に存在するからである。アッラーへの愛を基礎に他を組立てる。アッラーを理解して愛するようになれば、国や民族への愛も理解できる。子供の年齢に合わせて教育を行うべきである。小学生を相手に行う家庭内教育と高校生への教育法はもちろん異なる。ある家庭において、アッラーへの愛が十分存在し、十分アッラーのことが話し合われていると子供が自然にそこから学ぶのである。その家庭でアッラーを一刻も忘れないで、きちんと礼拝も行っていると子供が最初に言う言葉も自然に“アッラー”になるのである。そんな家庭においては全てが順調なのである。

 

5-愛情のバランス

夫婦に子供が出来たら、その子を授けてくれたのはアッラーであることを一瞬も忘れないことと両親がその子へ持つ愛情は絶対にアッラーへの愛情を超えないように注意するべきである。

子供を愛しすぎることはある意味シルク(神に何らかの協同者(パートナー)を認めるという意味)でこれは子供にとっても害を与える場合がある。例え自分自身よりも大切で、何よりも可愛い子供であっても絶対的なアッラーへの愛がそれ以上であるべきである。

 

子供への愛情を考えるときに忘れてはいけないのは:

1-心から一番愛さなくてはいけないのはアッラーである。

2-絶対に忘れてはいけないもう一つの点は、子供はアッラーから預かっているだけということ。

 

親が自然に持つ子への愛情は子供の面倒を見ている代わりにアッラーから与えられる贈り物のようである。