いじめで悩んでいる方へ

 

ひと言で「いじめ」と言っても、その状況や程度はさまざまですが、学校や職場、あるいは地域内など、ある種の閉じられた空間の中で、肉体的・精神的な攻撃を受けることは、とても苦痛を伴うことです。

 

現代社会においては、学校だけでなく職場、隣近所など、あらゆる場面でいじめが起こっています。その原因のいくつかとして、他人に対する嫉妬心や、自己の相対的地位の向上や、敵を作ることによる集団調和の維持などが、いじめの背景にあると言われています。これらの背景を見てみると、いじめの根本には、人々がごく限られた狭い世界にのみ目を向け、他人を思いやる心よりも、優越感、自己顕示、自己満足などに執着する弱い心が見えてきます。

 

自分の側に何も非難される点はなく、ただ単に性格があわない、力や立場が弱いというだけでいじめられている場合もあるかもしれません。そのような時には、できるだけ彼らとの距離をとる、環境を変える努力も必要です。直接話し合いが出来ればなお良いですが、現実的に難しい場合もあると思います。また、既にいじめがエスカレートしていて、暴力をふるわれたり、金銭を要求されたりしているのであれば、勇気をもって家族や警察など周囲の人々に助けを求めることも必要なことです。

 

かつて、預言者ムハンマド(saw)は、親族に続いて、近隣住民であるマッカの人々にイスラームを伝え始めました。しかし、彼らは悪口を言い、仲間外れにし、家の周りに汚物をまき散らし、石を投げ、ついには命を狙うようになったのです。ムスリムとなった人を牢に入れ、虐殺することもありました。そのような状況の中、預言者ムハンマド(saw)はひたすらに耐え、人々にアッラーからのメッセージを説いてまわり続けたのです。やがて、マディーナの住民の一部がイスラームを信仰するようになり、アッラーからの命令に従ってヒジュラ(移住)が行われることになります。その間、約10年、預言者(saw)は言われのない「いじめ」の中を耐え忍んできたのです。

 

いじめを受けている時間はとてもつらく長く感じるかもしれません。また、いじめている側を改心させるのは難しく時間がかかる場合もあります。

イスラーム的な観点から言えば、アッラーはその人に乗り越えられない試練を与えることはないとされています。ご自身がこの試練を乗り越えることができるからこそ、そして、それを乗り越えたときには、より善く、より強い人間へと成長できるからこそ与えられた試練なのです。

その間、相手とは距離をおき、一方では、自分を磨き、高めていく機会と考えることも解決の一つです。

あなたにとって、この試練がより易しいものとなりますように…。

 

「アッラーは誰にも、その能力以上のものを負わせられない。(人びとは)自分の稼いだもので(自分を)益し、その稼いだもので(自分を)損う。」 聖クルアーン 雌牛章 286節

いじめ ~イスラームの観点から~

 

イスラームでは、他者を思いやり、優しく接することはとても大切なことであり、推奨されています。

私たちが接するあらゆる人―両親、家族、友人はもとより、道で偶然すれ違った名前も知らない人に至るまで、親切にふるまうべきであるとし、同時に、自らは謙虚であるべきだとも述べています。

つまり、他者を肉体的、精神的に痛めつける「いじめ」という行為は、イスラームの教えの対極にあるといってよいでしょう。

 

現在までの歴史の中で、最も過酷ないじめ(災難)を受けてきたのは、まぎれもなく預言者たちでした。預言者ムーサーは迫害を受けながら何十年も荒野をさまよい、預言者イーサーは残虐な拷問を受け、そして、預言者ムハンマド(saw)もまた、精神的・肉体的な苦痛を長年味わわなければなりませんでした。預言者たちの側には何ら非難を受ける点はなく、誰もが認めるずば抜けた人格者であったにもかかわらずです。

 

イスラームでは、来世についての考えが明確なことから、現在、自分を取り巻いている世界だけでなく、死後についても意識が向かうようになっています。ほんの些細な行動でも、すべてはアッラーがご存知で あること、そして、この世での行為によって、一人ひとりが死後の審判で裁かれることが伝えられているのです。ムスリムは、弱者をおとしめて狭い集団内で一時的な優越感に浸るよりも、弱者を助けて善行を行うことに価値を見出します。イスラーム社会において、いじめが深刻な社会問題となっていないのは、このような概念、つまり「アッラーの目」とでもいうべき意識が一般化されているからといえます。

 

ここでの結びとして、クルアーンの一節をご紹介したいと思います。

『…父母に懇切を尽くし、また近親や孤児、貧者や血縁のある隣人、血縁のない隣人、道づれの仲間や旅行者、およびあなたがたの右手が所有する者(に規切であれ)。アッラーは高慢な者、うぬぼれる者を御好きになられない。』(婦人章(アン・ニサーア)第36節)