両親の権利について

預言者さまは何と語られているか

 

 

 

 

 次のハディースは、預言者さまが両親の権利について示しておられた注意深さを示す点で、非常に意義深いものです。

 ある教友が、ジハードに参加する為にアッラーの使徒のおそばに来て、許可を求めました。預言者さまはその人に、(本当はご存じでありながら)「あなたのご両親は存命か」と尋ねられました。教友は「はい」と答えました。預言者さまは「彼らへの奉仕もジハードと見なされる。あなたは彼らに奉仕を行うことでジハードをしなさい」と言われました。預言者さまはその教友の両親が存命であり、彼の世話を必要としていることをご存じでした。その教友は、アッラーの言葉を伝える為にジハードに参加することを望んでいたのでした。

 ジハードの場では、殉教者もしくは負傷者となる可能性があります。ジハードは、アッラーの崇高な御名を掲げた、それにまさる任務はない、大きな理想です。ある時「アッラーの使徒よ!アッラーの道において行われるジハードに相当する行いとは何でしょうか」と尋ねられた時、預言者さまは「他の行いではそれに並ぶことはない」と言われました。この質問をした人は、同じ質問を二度三度と繰り返しました。しかし預言者さまはそのたびに同じ答えを返され、最後に次のように付け加えられました。「アッラーの道においてジハードを行う人は、次のように例えられる。昼も夜も決して途切れることなく断食し、礼拝し、アッラーの言葉に従い、ジハードから戻るまで礼拝や断食にも一切手を抜かない人のようである」

 そう、これほどに比類なきものであるジハードに行こうとする際、預言者さまはご自身に許可を求めようとする人に、彼が遺して行くことになる両親の悲しみを考慮して、「彼らへの奉仕もジハードと見なされる。あなたは彼らに奉仕を行うことでジハードをしなさい」と言われたのでした。

 ムスリムによる別の伝承では、教友が「あなたに、ヒジュラを行い、ジハードを行い、その報償をアッラーに求める形で忠誠を誓います」と言いました。アッラーの使徒は「両親のうち、存命である人はいますか」と尋ねました。「両方とも存命です」と答えた教友に預言者さまは「つまりあなたはアッラーからの報償を求めているのだね?」と言われました。教友が「はい」と答えると、預言者ムハンマドは次のように仰せられました。「それならば、両親の許に帰り、彼らの世話を十分に行いなさい。アッラーのご満悦はそこにある」

 他の伝承で、教友が「泣いている両親を置いてきました」と話しました。預言者ムハンマドは「それならば、両親の許に戻りなさい。彼らを泣かせたように、今度は喜ばせなさい。(アッラーのご満悦はそこにある)」と言われたのでした。

 そう、両親をどこかに連れて行ってそこに置いてきたのであれば、すぐに彼らの元に戻り、彼らを泣かせたように今度は喜ばせなければならないのです。老人ホームのような空虚な慰めにすがるのではなく、彼らを胸に抱きしめてくれた両親をそういった悲しみと孤独に満ちた場所から引き取り、彼らに胸を開くべきなのです。なぜなら両親は、子供たちと共に過ごし、孫たちをかわいがり、全てを分かち合う人々がいる温かい家庭で暮らすことを求めているからです。

 預言者さまは、ジハードもしくはヒジュラの為に許可を求めてきた多くの人々を、その両親が世話を必要としており、孤独であり、高齢で弱っていること等を考慮して、両親が存命であるかどうかを尋ねられ、その一部の人々を、両親が存命であることから家に帰らせられたのでした。また一部の人々には様々な進言をされました。例えば、「アッラーの使徒よ、私は遠征に加わりたいのです、このことについてあなたにご相談したいのです」と言ったジャーヒマに、「あなたには母がいますか?」と尋ねられました。彼が「はい」というと、「それなら、あなたの母から離れてはいけない。なぜなら天国は彼女の足の下にあるからです」と言われたのでした。